2015年11月03日

「笑いのツボ」は移動する

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三谷幸喜監督の新作、「ギャラクシー街道」を見てきました。
結論から言うと、全然、まったく、少しも笑うことができませんでした。
期待が大きすぎたからでしょうか?
テレビなし生活の私にとって、この作品に関しての事前刷り込み(=広告的洗脳)は全くといっていいほど「ゼロ」でした。
にも、関わらず・・・。
「ついに三谷さんの才能の泉も尽きてしまったか」などと失礼千万な批評を旦那と繰り返しながら、帰路に就いたのであります。

そして、翌日。
職場の上司が先日同じ作品を見てきたので、感想を求めたところ・・・
「むっちゃ、オモシロカッタよね!」
と、力強く言われました。

「笑いのツボ」という言葉をよく聞きます。
人によって笑うポイントが違う、というのは確かによくあることです。
しかし、しかし、単に「ツボが違う」ということだけでは片づけられないくらい、今回の作品は笑えませんでした。

あまりに笑えなかったので、帰りに私が三谷作品でもっとも愛する「ラジオの時間」をレンタルショップで借りて見てみました。
確かに「ギャラクシー街道」より格段に愉しめたものの、若い頃「おひょいさん」の花火効果音シーンで涙が出るほど、腹がよじれるほど笑った気がするのですが、「ふふふ」レベルでとどまりました。

歳を取って感性が鈍くなったのでしょうか?
旦那が面白い分析をしてくれました。
「日々、リアルに面白い(興味深い)人に会い過ぎていて、(映画では)笑えないのではないか」と。
私はこの説がいちばんスッキリしました。
ゲストハウスに来てくれる旅人さんは、「ギャラクシー街道」に出てくるどの宇宙人にも負けないくらい個性的で、オモシロイ(=魅力的)!

なーんだ、歳を重ねるうちに私の「笑いのツボ」が「移動した」のだ、という結論に達しました。
「そうですよね、きっとそうですよね、駄作であるはずが・・・」
と、一生会うことはない三谷幸喜監督に心で呼びかけてみたりするのです。
posted by nana at 08:02| Comment(0) | 日々雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする